http://www.the-journal.jp/contents/inside2/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
もし、まだ読んでいければ、以上のリンクを読んで見てください。自分としては読んでみる価値があると思います!
まず、田母神さんの視点は、日本からだけでなく、アメリカやアジアなどの外側からよく見ているということを感じた。というのは、日本にいると日本以外のものが見えないだけでなく、日本的な考え方しかができなくなるというように、無意識の囲いに入るのと似た感覚が私にも感じることがあるからである。しかし、これは感覚やニュアンスではあるが、大きな根本的な概念形成みたいなもので、とても重要なものでもあるような気がする。そのような意味で私が、田母神さんに賛成する点は、「大東亜戦争を“あの愚劣な戦争”などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう」という考え方で、世界全体が戦争でしか支配と被支配を決めることができなかった時代に、“日本だけが戦争をした”、“戦争をしなければよかった”というのならば、それは今の日本を否定することになるのだ。その当時は弱肉強食の時代であり、その歴史を現在の日本人から評価するならむしろ誇らしい面もあるかもしれない。このような小さな島国が支配されず、独立を守り、先進国まで発展したからである。また、「今なお大東亜戦争がわが国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い」と言っているが、日本人はこういったことに対し、もちろん反省しなければ部分はあると思う。しかし、この一方で、中国や韓国は、これらの歴史を外交の後ろ盾にしようという魂胆も見え見えにさせているのではないか。日本はその攻撃を純粋に受け取りすぎているのではないかという気もする。中国は、モンゴルに対しても、ロシアとともにさまざまな後ろ盾や弱みを使って、自国の利益を獲得しようとしてきた歴史がある。日本を言う前に自国が反省しなければいけない部分が中国にはある。しかし、外交関係に対してこのように都合よく歴史を利用しようとするのは、公正ではない。田母神さんはこのようなことを経験上感じてきたのではないかと思う。
また、アメリカに関して、「そのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせる」と言っているが、日本はアメリカナイゼーションという言葉があるように、日本語や日本の文化からも、ゴール地点をアメリカに設定し走り続けてきたということを感じられる。そして、アメリカが好きであるということは事実だし、「外人」=「アメリカ人、西欧人」という考えも主流であるように感じることができる。これもマインドコントロールといっても良いかもしれない。
しかし、一方で現在に至っては、戦争を肯定する必要はないが、田母神さんは、まるで戦争を肯定しているかのようで、現在の自衛隊に関しても「集団自衛権も行使できない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている」とまで言っている。確かに、弱肉強食の時代であれば、戦争は“仕方がない”ことであったのかもしれないが、現在の日本に攻撃的兵器が使えないことで保たれている治安や平和があると私は思う。だから、そのような意味で日本は、歴史上で奇跡的に平和の先進国になれたと思うし、他国と比較する必要がないのではないだろうか。攻撃的兵器の保有に関して他国に劣っているから、日本は“良い方向に向かっていない”かのように聞こえてしまう。現在の世界の外交の盾にするための集団的自衛権が必要なのだろうか。また彼は、「アメリカに守ってもらうしかない」、「自分の国を自分で守る体制を整えることは、わが国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾となる」と言っているが、確かに第3次世界大戦が起こるなどという人はいるが、グローバル化が進む現在の世界に日本の歴史を肯定したいのであれば、大東亜戦争自体ではなく、その教訓を活かすべきだろう。そして、最も疑問に思うところは、「日本軍に直接接していいた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え・・・」という部分であり、日本軍の犯した過ちや反戦点を一つも挙げていないところだ。私は大学で、「従軍慰安婦」の問題に触れたことがあり、慰安婦だった女性が自らわが大学に来たことがある。彼女たちの人生や存在があるということは、日本軍がそれらの国に対して、彼らのこと尊重していたばかりではないと言える証拠ではないだろうか。チンギズハーンの歴史には、チンギスが王妃を盗まれ、1年後に取り返したときにはお腹がもう大きくなっていたという歴史が血筋の汚染として深刻に書きのこされているが、敵の女性や子供の誘拐や暴行は、その国民にとって子孫繁栄という意味で一番の侮辱であるという考え方もあるのだ。日本の従軍慰安婦が政策としてあったとすれば、それが現地の国民の繁栄を阻止しようとする目的であったと思われる。では、そうだとすれば「我が国が侵略国家だったなどというのは濡れ衣である」と本当に言えるのだろうか?
確かに、伝統文化や歴史は大事であり、自ら守っていかなければいけないものであるし、「歴史を抹消された国家は衰退の一途を辿るのみである」というのは最もだ。
Subscribe to:
Post Comments (Atom)

0 comments:
Post a Comment